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 2006年春から丸善工業の社員になった綾 真澄(あや ますみ)さんは、陸上競技女子ハンマー投げの元日本記録保持者(自己ベスト67メートル27)。現在も記録更新のため、「ハンマーとびまいぃ~!!」と奮闘を続けています。
ここでは綾選手を紹介し、一人でも多くの方に応援していただきたいと願っています。
がんばり続ける綾さんの応援団になってください!

綾真澄ミニ物語

バスケット部から
 綾さんが陸上競技を始めたのは高校時代。地元、香川県の飯山高校でスポーツテストを受けたとき、ハンドボール投げの成績が抜群に良かったので、体育の先生から陸上部に入らないかと誘われたのでした。そのときはバスケット部に所属していたので迷いに迷ったのですが、「陸上部には同級生がたくさんいた」という、そんな単純な理由で入部を決めました。
 そこで、最初は「やり投げ」を始めたのですが、思うようには飛びません。高校2年、3年ともう少しのところでインターハイには行けず、でも国体選手には選ばれて全国8位の成績を残しました。ところがあろうことか、同時に遊び半分で練習していた“ハンマー投げ”で日本選手権に出場することになったのです。一生懸命やっていた“やり投げ”ではなく、“ハンマー投げ”で成績が伸びたのが、不思議でもあり面白くもあり・・。「これは、“ハンマー投げ”の方が、向いているのかもしれない」と思ったのでした。

日本新記録を出しながら
 そして、中京大学に進学。大学生活は、まさに“ハンマー投げ”一筋。1日平均6~7時間、懸命に懸命に練習を重ねました。ウエイトトレーニングで足腰を鍛え、走って、飛んで、ひたすら投げてという日々でした。その結果、大学2年でジュニア日本記録。3年でアジア選手権出場、4年で日本記録を出し、カナダで開催された世界選手権にまで出場しました。ただただ夢中で投げて、気がつけば終わってしまった世界大会。成績は予選落ち。いつか、またこの舞台に立ってやろうと決意した綾選手でした。
 社会人となっても66メートル台という日本新記録を出し、ハンマー投げに青春を捧げ続けた綾さん。けれど、2004年5月の中部実業団陸上選手権大会での66メートル31を最後に、腰の不調もあり、自身の記録を破ることができない苦しい日々を過ごすことになります。
 その日々の中でも丸善工業の社員となった2006年12月には、ドーハで開催された「第15回アジア大会」に出場、62メートル67で、2大会連続の銅メダルを獲得しました。アジアで銅メダルという快挙に丸善工業の仲間たちは大喜びしました。
 しかし、綾さんの胸には、この記録ではまだまだという闘志が静かに燃えていたのです。

ふたたび世界の舞台へ
 そして、迎えた2011年7月7日、小雨が降りしきる神戸ユニバー記念競技場。この日、ぬれたグラウンドで開催されていたのは「アジア陸上選手権大会」。この大会は8月27日韓国テグで開催される世界選手権代表の最終選考会も兼ねていました。
 ほどよく抑えられた気温の性か、その日はいつになくコンディションが良かったという綾選手。6月の日本選手権に続き、これはもしや良い成績を出せるのではという期待が胸をかすめるものの、やはり不安をぬぐい去ることはできなかったのでした。その中での第2投目、66メートル21で中国選手を抜いてトップに出ると、ふっと何か吹っ切れたような気が・・・。そして、4投目66メートル78、5投目67メートル19と記録を伸ばし、2006年に出した日本歴代2位の67メートル26に迫る好記録で、優勝を手中にしました。
 アジアでトップ金メダルに輝いた綾選手。そのとき、6月に亡くなられた故三谷会長が見守ってくれていると確かに感じたのでした。会長への恩返しがしたい、そんな一念が金メダルへと導いてくれたのかもしれません。

・・・つづく

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